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ケン・ウィルバーの新論考について

いよいよドナルド・トランプの新政権が発足したが、ケン・ウィルバー(Ken Wilber)が、政権発足と合わせるように、Integral Lifeに論考を発表した(無料でダウンロードができる)。

 

Trump and a Post-Truth World: An Evolutionary Self-Correction
https://integrallife.com/trump-post-truth-world/

 

ざっと目をとおしたが、これは、政治そのものに関する論考ではなく、同時代の政治に関して人々がどのような意識をいだいているかを整理した社会学的な論考である。
端的に言えば、合衆国の大統領選挙という「興行」(show)を大衆がいかに意味づけしているかについて大雑把に整理したものである。
政治そのものについて深く議論するには、必要な事項が全く押えられていないので、そうしたものを期待すると完全に落胆させられることだろう。
内容は、いつものごとく、社会に存在する主要な価値体系を色づけして、それらがそれぞれどのように同時代の動向――より正確には、主流マスコミをとおして流布された「情報」や「物語」――をどのように意味づけているかを俯瞰的に整理するものである。
ただ、分析のために用いられている方法そのものは、全く修正されていないので、半ば機械的にまとめられただけのものに過ぎないという印象をぬぐいきれない。
端的に言えば、ウィルバーが立脚する方法そのものが完全に進化を止めてしまっており、しかも、それを同時代の現象の表層的な側面にあてはめて、それを統合的な分析として示しているので、基本的に何のあたらしさもない文章になってしまっているのである。
たとえば、今日、少しでも政治について勉強をしている人間であれば、政治には、いわゆるメインストリームの報道機関が提供する表層的な側面に関する情報にくわえて、それよりも圧倒的に大きな重要性をもつ深層的側面が存在することをある程度は認識しているものだが、この文章の中にはそうした認識が完全に欠落している。
それはあたかも無意識を無視した心理学のようなものである。
その意味では、どう好意的にみても、これは真に統合的な分析とは到底いえないのである。
残念ながら、こうした文章を診ると、著作家としてウィルバーが完全に枯渇していることを痛感せずにはおれない。
いうまでもなく、単にインテグラル・フレイムワークを適用して対象を分析すれば、それを統合的に理解したことにはならない。
そうしたフレイムワークがそもそも暫定的なものであるし、また、たとえそれが十分なものであるとしても、思考の素材となる情報を収集するにあたり、あまりにも排除している領域が大き過ぎる場合には、結局、まともな思考をしたことにはならないのである。
少なくても政治の領域に関しては、ウィルバーの創出する作品は完全にそうしたものになってしまっているように思う。

 

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