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第15回東京音楽コンクール 本選 弦楽部門

今週の日曜日より東京文化会館で隔日で開催されてきた第15回東京音楽コンクールの本選の最後は弦楽部門。そして、コンサートとして最も充実していたのがこの部門だった。

何よりも演奏曲が素晴しい。ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番、そして、シューマンの協奏曲とヒンデミットの協奏曲が続き、最後にチャイコフスキーの協奏曲で閉じるという構成である。演奏者も軒並み実力者揃いで、約3時間の演奏家であったが、まったく弛緩することがなかった。

演奏会が開始した時刻というのは、夕刻の睡魔に襲われる頃なのだが、ショスタコーヴィチの協奏曲の第2楽章がはじまると、あまりの曲の素晴しさに唖然として一瞬で眠気も雲散してしまった。

シューマンの協奏曲は冒頭が実に素晴しいが、その素晴しさが続かないために、途中で飽きてしまった。そのため、残念ながら、演奏者に関してもこれといった印象を抱くこともなかった。また、ヒンデミットの作品は、正直なところ、まったく興味を持てないもので、「この作品の何が評価されているのだろう……?」と思いながら聴いていた。

この時点では、この部門の最優秀者はショスタコーヴィチの協奏曲を演奏した二人のどちらかだろうか……?と思っていたのだが、ところが、最後に登場した荒井 里桜が演奏をはじめた瞬間――たぶん会場に居合わせた聴衆のほとんどが同じように感じたのではないかと思うが――完全に空気が一変してしまった。

端的に言えば、それまでに登場した演奏家と別次元の演奏家なのである。

天性の音を体内に有している演奏家のようで、楽章冒頭の数小節で聴衆を呪縛してしまうほどの清澄な魅力をそなえている。

聴衆の大半はチャイコフスキーの協奏曲をこれまでに聴き飽きるほどに聴いてきたはずだが、そんなことを忘れて、半ば催眠術にでも懸かったように聴き惚れている。

結局、比較を絶しているのである。

噂には聞いていたが、ソリストの世界というのは、こうした天性のものをそなえているか否かで演奏家としての成否が分れるということが紛れもない事実であることを見せつけられた気がした。

東京藝術大学の1年生ということだが、心から大成してほしいと思う。

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