<< June 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< ヤン・パスカル・トルトゥリエ指揮・新日本フィルハーモニー定期演奏会@サントリー・ホール | main | 「希望的観測という害毒に抗うために……」 >>
至福と落胆

1月31日
東京佼成ウインド・オーケストラ@サントリー・ホール
「ジョン・ウィリアムズ」ウインドオーケストラコンサート
http://www.tkwo.jp/concert/others/JW-20190131.html

 

渡邊 一正指揮によるジョン・ウィリアムズ(JW)の有名作品を並べた演奏会である。
JWはわたしがオーケストラ音楽を熱心に聴きはじめるきっかけをあたえてくれた作曲家である。
今から30年数年前、TVで放映されていた『スター・ウォーズ』を観たときに劇中に流れている音楽を耳にして正に雷に打たれたような経験をして以来、新作が発表されるたびにLPやCDを買い求め夢中で聴いてきた。
このところ世界中のプロのオーケストラがJWの作品をとりあげた演奏会を企画しているが、こうして実際に脚を運ぶのは初めてのことである。
これまで何度も何度も聴いた作品ばかりであるが。それをあらためて生で聴くことができたことは至福の経験だった。
東京佼成ウインド・オーケストラ(TKWO)の演奏も第一級のもので、確かに弦楽セクションが無いことの不満を所々感じさせるとはいえ、そのあまりに光輝に溢れた大音量を全身に浴びることができたこと幸せは言葉にしがたい。
冒頭に演奏されたのは、1984年のロス・アンゼルス・オリンピックのために作曲されたFanfare and Themeであるが、これはオリンピックのために作曲された作品の中で最も魅力的な作品であろう。
指揮の渡邊氏のテンポ設定は、少し遅過ぎるのではないか……と思わせるほどにゆったりとしたものだ。
JWの作品なので一気呵成に音楽をドライヴしていくのだろうと想定していたのだが、渡邊氏は、あえて遅めのテンポを維持することで、演奏者が深い呼吸で音楽を奏でることを可能とすると共にセクションとセクションの間に程好い空間を作ることで、それぞれのセクションが輪郭感をもって客席に届くように意図していたように思う。
そのためにテンポの早さがもたらす興奮は減じることになるが、逆に作品に内在する格調の高さが際立つことになる。
また、高い合奏能力を持つTKWOの各セクションの技量が、団子状に混じ合うことなく、適度な独立性をもって聞こえてくる。
実際、TKWOの能力は相当のもので、常に輝かしい格調を保ちながらド迫力の壮麗な音響を生みだしていく。
流石に国内最高峰の団体といわれるだけのことはある。
今回、過去30年以上に及び熱心に聴きつづけてきたJWの作品を聴いて思うのは、ハリウッドの娯楽作品向けにこれだけの質の作品が書かれたことの奇跡である。
飽きるほどに聴き込んできた者にさえこれほどの感激をあたえるのだから、これらの作品がスタジオではじめて演奏されたときにその場に居合わせた関係者は途轍もない驚愕と感動に襲われたことだろう。
今日、若い世代の作曲家が映像音楽の世界で多数活躍しているがーーたとえ映像作品における音楽の役割そのものが変化しているとはいえーーこれだけの訴求力をもつ作品を創造している作曲家はひとりもいないと思う。
正に史上最高の映像音楽作曲である。
ただ、個人的には、この日とりあげられたE.T.のAdventures on Earthに顕著なように、作曲家により演奏会用に編曲されたものは、その大多数は原曲の魅力を著しく損なうものになっており、随分と苛立ちを覚えさせられるのも事実である(その意味では、たとえばAdventures on Earth は、JWがBoston Pops Orchestraで録音したものよりも、Erich KunzelがCincinnati Pops Orchestraを率いて録音したものの方が格段に優れている)。
この日の演奏会では、上記の作品にくわえて、JFKとJurassic Parkの抜粋が編曲の劣悪さに足をすくわれた。
これらの作品はオリジナル・スコアそのものが非常に良く書けているので、願わくはその版で聴いてみたいものだ……。

Hans Zimmerの登場以降、映像音楽の質そのものが大きく変容してしまった。
音楽はもはや生楽器で演奏されるものではなく、シンセサイザーを駆使してスタジオ内で合成される素材のひとつに貶められてしまった。
もちろん、そうしたプロセスをとおして作成された作品の中にも非常に優れたものは存在するが、こうして楽譜をありのままに舞台で演奏すれば、そのまま管弦楽作品として成立するということはありえない。
James Hornerが早逝してしまい、今後、JWの後継者として芸術性と大衆性の両方を兼ね備えた才能が輩出されるとは期待しにくい今日の状況を鑑みると、このようにプロのオーケストラがJW以外の映像音楽作曲家の個展を企画することは期待できないのではないだろうか……(もしかしたら、Jerry GoldsmithとJames Hornerの個展が企画される可能性はあるかもしれない)。
いっぽう、JWの作品は、今回の演奏会にとりあげられた有名曲だけでなく、むしろ、A.I.・Born on the Fourth of July・JFK・Seven Years in Tibet等の比較的に「地味」な作品――あるいは、有名作品でも、いわゆる「メイン・テーマ」ではなく、それ以外の曲――に光を当てた演奏会が企画されることになるのではないだろうかと思う。
あるいは、クラシックの演奏会の曲目のひとつとしてJWの作品が自然にとりあげられる日が来るのではないだろうか……。
この演奏会を聴いて、JWの映像音楽がそうした地位を確立しえるだけの質を有していることをあらためて実感した。

 

2月1日
新日本フィルハーモニー定期公演@墨田トリフォニー・ホール。
https://www.njp.or.jp/concerts/3915

 

マルク・アルブレヒト(Marc Albrecht)というオランダの指揮者を迎えてブルックナーの交響曲第5番が演奏された。
所々才能を垣間見せるとこもあるが、全くこの作品の深い叡知を感じさせてくれない「青い」ブルックナーという印象である。
また、あまりにも弱音を重視するために、これほどの銘演奏会場であっても、客席に音が生きて届いてこないために、聴衆にひどい苛立ちを覚えさせる。
同じ弱音でも、そこに内容が詰まっていれば、このようには聞こえてこないはずなのだが、アルブレヒトの場合にはそれが単に弱いだけで芯の無いものであるため、そこに意味が感じとれないのである。
くわえて、テンポ設定もイン・テンポを遵守しているようではあるが、それが単に間延びをもたらすだけのものと化してしまっているために随分と単調に聞こえる。
端的に言えば、非常に繊細な感性で彫琢されているが、結果として、それが軟弱さとして結果してしまい、音楽が半ば死んでしまったのである(昔、CDで聴いたクリストフ・フォン・ドホナーニの同曲の演奏を少し思い出した)。
名演奏で聴けば聴衆を興奮の坩堝に呑み込んでしまうあの第1楽章がこれほどまでに退屈に思えたのは初めてのことである。
いっぽう、第1楽章や第4楽章の冒頭の弦合奏に耳を傾けると、弱音志向であるがゆえに、仄かな幽玄さが漂うのも事実である。
また、全編を通じて、弦合奏の音が爽やかな光沢に包まれているかのような高貴な香りをもたらされていたが、このあたりはアルブレヒトの才能が発揮されていたところだと思う。
ただ、そうした魅力はあくまでも部分的なもので――また、作品の本質に直結しないところでのもので――全体の魅力不足を補うことはできない。
総じて、オーケストラは健闘していたが、どこかノリきれていない感覚がつきまとっていた。
ただし、今日の聴衆は立派で、演奏の終了後、余韻が完全に消えるまで静寂を保ち、また、演奏者に暖かい拍手を送っていた。
ただ、この少し冷めた拍手は、指揮者にたいするものではなく、あくまでもゲストにたいする礼節を弁えてプロとしての仕事を成し遂げたオーケストラにたいするものであったように思う。

日本でブルックナーを演奏するのは大変だと思う。
聴衆の耳が肥えているし、また、1990年代以降のブルックナー・ブームを単なる流行として消費するのでなく、そこで確実に鑑識眼を鍛えてきている。
多様なスタイルを受容する寛容性があるとはいえ、今日くらいの演奏だと、まず満足はしてくれないだろう。
実際、会場の雰囲気を眺めれば一目瞭然で、今日の聴衆がブルックナーを聴き込んでいることは明らかである。
終演後、礼儀正しい拍手を浴びながらも、その厳しい眼差しに晒されて、アルブレヒトが少々気圧されたような姿を見せていたように感じたのは私だけだろうか……

正直なところを言わせてもらえば、この程度の演奏を聴かされると、定期会員になり、苦労して日程を調整してワザワザ会場に脚を運ぶことの価値を疑ってしまう。
次世代の指揮者にチャンスをあたえたいという事務局の温情ゆえの企画だとしても、客演者が聴衆の期待に堪え得る水準に達していることを担保するのは、事務局の最低限の責任だと思う。
少なくとも、この指揮者にこのブルックナーの傑作を任せるのは無謀としか言いようがない。
聴衆にこのような感想を抱かせるのは、指揮者本人だけでなく、新日本フィルや音楽監督の上岡氏にとっても損だと思う。

いずれにしても、この大好きな作品を聴き通すのに難渋するとは予想していなかった。

 

Trackback URL
http://norio001.integraljapan.net/trackback/305
TRACKBACK