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「希望的観測という害毒に抗うために……」

希望的観測という害毒に抗うために……
鈴木 規夫
Integral Japan代表

 

過去15年程のあいだ、ケン・ウィルバーの思想を紹介する傍ら、企業組織のリーダーを支援する仕事に携わっている。
その間、様々なプロフェッショナルと仕事をする機会に恵まれたが、この数年懇意にしているコンサルタントが、ある中堅リーダー向けのトレイニング・プログラムの中でこんな内容の講義をしてくれる。

“リーダーは、「常にいそがしく仕事をしていないと仕事をしていないと思われるのではないか?」と心配して、しばしば確かな計画無しに組織の資源を動かしてしまうことがありますが、それはときとして大きな失敗につながり、結果として、組織に悪影響をあたえることになります。たとえば、戦場では、まともな戦略なしに兵士を動かせば、彼等を死なせてしまうことになります。何の確証もなく、「とりあえず兵隊を投入してみよう」というような発想は許されないのです。しかし、企業組織では、人が死ぬことがないためか、こうした無計画の行動がしばしば行われてしまい、また、それにたいして厳しい批判がくわえられることもありません。”

端的に言えば、自身の着想したアイデア(企画・計画)が果たして真に期待する効果を生みだすのか? ということを厳密に検討するスキルを習得することがいかに重要であるのかを訴えているのである。
実際、今日の社会を見渡してみれば、こうした能力が集合規模で脆弱化していることは明らかで、たとえば政治の領域においては、耳触りのいい「標語」や「構想」や「大義」のもとに為政者により呈示される施策が悉く失敗に終わっていることに示されている。
また、一般大衆も、そうしたものが果たして真に価値や効果をもたらすのかということについて批判的に検討することができないまま、社会に醸成される雰囲気に流され、結果としてそれらを消極的に承認してしまっている。
そうした検討をするために必要とされるスキルを習得していないために、「空気」に呑み込まれているのである。
人々は、希望的観測を真実や事実として信じ込まされて、誘導されているのである。

しかし、真に批判能力を発揮することは必ずしも容易なことではない。
実際、企業組織の優秀なリーダーでさえ、自身がとりまとめた企画や計画が確実に価値や効果をもたらすものとなりえているのかということに確信を持てることは稀である。
ほとんどの場合には、自身の主張を裏付ける根拠が弱いことを認識しながら、地道に仮設の検証作業にとりくむことになるのである。
いうまでもなく、これは精神的に非常に辛いとりくみである。
しかし、また、こうした活動に長期間にわたりとりくんだリーダーだけが習得できる貴重な能力が存在するのも紛れもない事実である。
即ち、そこでは価値を創造するための型が習得されると共にそれがいかに難しいことであるかということにたいする認識に支えられた健全な懐疑心が涵養されるのである。

トランスパーソナル運動は、その発足当初より、「内面世界」と「外面世界」の探求の両方に関わることの重要性を訴えてきた。
しかし、後者に関しては、その洞察力に関しても変革力に関しても、真に社会的規模のインパクトを為し得ないままに今日に至っているように思う(たとえば、「インテグラル(統合的)であるとは政治的であること」と宣言して過去20年ほどにわたり活動を展開してきたケン・ウィルバーを中心とするインテグラル・コミュニティの関係者も、こと政治の領域に関しては、こちらが赤面するほどに無防備な言論を発信することに終始している)。
内面探求がそのための過酷な訓練を必要とするように、外面世界に効果的に働きかけることができるようになるためには、そのためのスキルの習得が必須となる。
思索者としてコスモスにたいする深い洞察を得ることができたとしても、目の前に存在する特定の社会を洞察し、そして、それに働きかけることができるためには、全く異なるスキルが必要となるのである(もちろん、前者の鍛錬をとおして獲得したスキルには、後者の実践的な領域に効果的に応用できるものも多数あるだろうが……)。
とりわけ、社会の中に価値を創造するためのスキルは、そうした内的探求をとおして獲得したものを世界と共有するためには、最も重要なスキルのひとつといえるだろう。
また、そうしたスキルを獲得することにより、巷に蔓延する麗しい言葉に飾り立てられた詐欺的な構想や政策や施策の嘘を見抜くことができるようにもなるだろう。
価値を創造するための企画を練ることがいかに精緻な思考を必要とするものであるかを経験的に認識していれば、自ずと希望的観測に着飾られただけのアイデアの虚偽性を看破することもできるようになるはずである。
希望的観測という害毒に隅々まで汚染された今日の空気の中で正気をとりもどすためには、空気に敢然と対峙できるだけの強靭な思考力が必要となる。
その意味では、今日において、「内面世界」と「外面世界」の両方に関わるというトランスパーソナルの原点に立ち戻り、霊的(spiritual)であるためには、思考力を鍛錬する姿勢を貫くことが必須の条件となるといえるのだろう。

 

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