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発達理論を学ぶうえでの必須条件

Zachary SteinのEducation in a Time between worldsを読み進めているが、インテグラル・コミュニティの研究者の中でこれほどまでに倫理的な感性をしっかりともって意見を表明している人は皆無といってもいいのではないだろうか……。
著者は、一貫して、人間を資源として矮小化してとらえる教育――即ち、生徒を社会的に有用な存在として仕立てあげることを教育の役割と見做す教育――を批判している。
端的に言えば、そうした教育においては人間が本質的に経済的な機能を効果的・効率的に果たせるようになるために訓練されるべき存在としてとらえられ、教育はそうした訓練を最も効果的・効率的に提供する機関と位置づけられてしまっているのである。
そして、また、そこでは「測定」というものは必然的にそうした資源としての人間の能力を測るためのものになり果てることになる。
非常に重要なことは、Harvard Graduate School of Educationで長年にわたり測定に関する研究にとりくんできた著者が、常にこうした問題意識を維持してきたということである。
ある意味では、それは発達理論を学ぶうえでの必須の条件とさえいえるだろう。
それは医師におけるヒポクラテスの誓いのようなものといえるだろう。
今日、成人期の発達に関する研究成果が一般に紹介され、ひろい範囲の人々の関心を集めているが、そうした勉強をするうえで、われわれはまずはこうした倫理的な誓いを立てなければならないということがどれだけ認識されているのだろうか……。
それを忘れてしまった途端、発達理論に関する知識はそのまま人間を資源として矮小化してとらえる同時代の風潮に加担するためのものとして濫用されてしまうことになるのである。

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