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上岡 敏之&新日本フィルハーモニーのラヴェル!!

#608 トパーズ
日時:2019年07月19日
場所:すみだトリフォニーホール

 

プログラム
ビゼー:交響曲 ハ長調
サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番 ト短調 op. 22
ラヴェル:『マ・メール・ロワ』組曲
ラヴェル:『ダフニスとクロエ』第2組曲

 

指揮:上岡 敏之
ピアノ:マリアム・バタシヴィリ(Mariam Batsashvili)

 

https://www.njp.or.jp/concerts/4137

 

上岡 敏之&新日本フィルハーモニー(NJP)@墨田トリフォニー。
しばらくまえにこのコンビでラヴェルのピアノ協奏曲を聴いたときに、彼等のフランス・プログラムは絶品となるだろうと予想したのだが、期待に違わぬ絶美の演奏が展開された。
はじめのビゼーの交響曲のような内容の無い作品でさえ、このコンビが演奏すると、そこはかとないあじわいが出てきて、楽しく聴くことができる。
また、サン=サーンスのピアノ協奏曲第2番は――先日サントリー・ホールで第4番を聴いたばかりだが――この作品の価値に気づかせてくれるほどの素晴らしいもので、特に第1楽章は傑作であることを実感させてくれた。
ソリストのマリアム・バタシヴィリ(Mariam Batsashvili)のピアノは、冒頭の数秒のソロで聴衆の心を鷲掴みにして、内容的には著しく落ちる第2〜3楽章も含めて、最後までわれわれを魅惑してくれた。
後半はラヴェルの『マ・メール・ロワ』と『ダフニスとクロエ』第2組曲で、この作曲家の魔術的な音楽が会場を包み込んだ。
数年前にロンドンで聴いたサイモン・ラトル&ロンドン交響楽団の演奏は、非常に筋肉質なラヴェルで、極上の美音の背後に常に鍛え上げた筋肉が駆動しているように感じられたものだが、それとくらべると、上岡 & NJPのラヴェルは、同じように極上の美音が響いていても、それがあたかも淡い色彩を湛えた霧のように、空間に漂いはかなく消えていく。
ラヴェルの音楽というのは正にこういうものなのだろう……と納得させてくれる。
『マ・メール・ロワ』の最後に訪れるあの胸の奥から静かにこみあげてくる至福感に全身を優しく包み込まれることの幸せは言葉に尽くせないし、また、会場全体を幻想的な空間に変質させてしまう『ダフニスとクロエ』の音の魔法に触れると、聴衆の意識は正に変性意識状態に陥ってしまう。
これほどまでに魅惑的なラヴェルは世界中を見渡してもあまり無いのではないだろうか……。
但し、いっぽうこのコンビであれば、今日の演奏を遥かに凌ぐ圧倒的な美音に彩られたラヴェルを演奏できるはずだ……と思ったのも事実である。
NJPにしては音の充実感がいまひとつと感じさせるところがあり、その美音そのもので聴衆を完全に悩殺するというレベルにまでは至っていなかったと思う。
いずれにしても、このコンビはもっともっと頻繁にラヴェルの作品をとりあげてしかるべきである。
そうすれば、それほどの時間を経ずに世界的にも最高水準の演奏が実現されるのではないだろうか……。

今日はこのコンビの今期の最後の演奏会ということもあり、個人的にも、舞台の上で聴衆の熱い拍手にこたえる演奏家達を眺めながら、深い感慨に打たれ、自然と涙が流れてきた。
それは上岡 敏之という音楽家がこの極東の地でこころみている実験を貫く志の高さにたいする畏怖と尊敬の念に発する感情といえるだろうか……
個人的には、上岡の唯一無二の感性をとおして開示される西洋音楽の秘儀にこうして触れることにたいして感謝の想いしかないのである。

 

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