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「シャドー」に対するリテラシーを高めること

このところ、臨床心理士の方々と立てつづけに意見交換をする機会があったのだが、「シャドー」(Shadow)領域の作業というのは、「爆弾処理」のそれに似ていると思った。
「シャドー」の領域というものが存在し、また、その領域の探求や治癒にとりくむことが重要であることは、ある程度勉強すれば理解できるのだが、実際にそれに深くとりくもうとすると、どうしてもその領域の専門家の助けが必要になる。
というのも、そこで間違いがあると、深刻な「事故」や「爆発」が惹き起こされることになるからだ。
ケン・ウィルバーは、様々な著書の中で「シャドー」領域の重要性を指摘し、また、そのために読者がとりくめるいくつかの簡便な方法を紹介している。
そのことには途轍もない価値があるとは思うが、ただ、われわれが気をつけなければならないのは、それがときとして爆弾処理に似た大きなリスクを伴う作業となりえるということだ。
そのためには、どうしてもプロの支援が必要となるのだ。
あらゆる領域の実践には「art」としての側面があると思うのだが、この「シャドー」領域に関しては特にそれが言えるのではないかと思う。
「シャドー」領域の探求に心を開こうとすると、この世界の最も勇猛果敢な人でさえたじろいでしまうような「恐怖」が生まれるものだが、そうした逡巡の只中にある者に招きの手をさしのべて、そして、その旅路に寄り添うことができるためには、正にそうした「art」と形容すべき資質と能力が求められるのである。
そうした意味では、「シャドー」領域の探求にとりくむに際しては、先ずは支援を求める決意をするということが重要になるのだと思う。
特にある程度の社会的な影響を発揮する立場にある人には、「シャドー」領域に関する支援を求めるというのは必須の責任となると思う。
シャドーはその人物の思考と行動の全てに忍び込み影響をあたえることにあるが、それが意識化されないために生み出される悲劇の規模は、その人の社会的な影響力が高まれば高まるほど、真に深刻なものになる。
ときとして、「シャドー」の領域に課題や問題がそのまま治療されずに温存されているからこそ、それが「エンジン」となって、その人の猛烈な行動を可能としているということもあるのだろう。
しかし、それが「+」として見做されえるのは、その人の社会的な影響の範囲が非常に小さなものであるうちであろう。
とりわけ、共同体の重要な意思決定に携わる立場に就いている者に於いては、この領域の課題や問題を放置しつづけることは、それは多数の人々に深刻な被害をもたらすことになる。
日本だけでなく、人類社会全般にいえることであるが(これは、また、発達心理学者のZachary Steinが強烈な批判を展開しているところでもあるが)、今日、われわれ人類は健全なリーダーを育成するということに於いて、完全に失敗をしている。
誇張ではなく、われわれは正に「カキストクラシ―」という言葉が意味する「最悪の者達による統治」の下に生きているのである。
いわゆる「リーダー」といわれる人々がこれほどまでに劣化している原因は多様であるが(Steinは、教育にその主たる理由があると主張している)、こうした状況を修正していくために、リーダーの病理を的確に看破する鑑識眼をひろい範囲の人々が涵養していくことが必要となるのは明らかであろう。
そして、そのためには「シャドー」に対するリテラシーを高めることは非常に有益となるのである。