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書籍紹介 : 『行動探求:個人・チーム・組織の変容をもたらすリーダーシップ』

2004年に出版されたWilliam Torbert and AssociatesによるAction Inquiryの邦訳である。
1990年代以降、欧米では、企業組織における能力開発と組織開発の領域においては、発達心理学の知見が積極的に応用されており、研究者・実践者による膨大な文献が生み出されている。この数年のあいだに、日本においても、ケン・ウィルバー(Ken Wilber)やロバート・キーガン(Robert Kegan)による個人の成長を促進するための実践書が翻訳されている(また、その他には、DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビューの2005年9月号に本書の著者でもあるトーバートによる「リーダーシップの七類型:変革リーダーへの進化」が翻訳・紹介されている)。本書は、そうした時代的な文脈の中で大きな存在感を放つ重要な著書のひとつといえる。
過去数十年の間に、能力開発と組織開発の領域における関係者の関心は、いわゆる「スキル」の習得から、そうしたものを活用しているリーダーの「意識」そのものを深化させることに移行してきており、そうした文脈の中で、「自己内省力」(self-reflexivity)をキー・ワードとして、実務にとりくみながら同時並行的に自己を内省する能力を涵養することの重要性がひろく指摘されるようになっている。つまり、今日においては、われわれは、外部の世界に意識を向けながら、同時に、自己の内部にも意識を向けて、そこで刻々と生起する諸々の現象(例:思考・感情・感覚)を認識しながら、それらと対話をしたり、あるいは、それらを批判的に検証したりすることを求められているのである。
ただし、そうした能力は、基本的には、単純なスキルとして習得できるものではなく、いわゆる「深層的な発達」(認知構造の構造的な発達)をとおして徐々に獲得されていくものである。端的に言えば、行動の只中で内省する能力(“reflection in action”)とは、それをしようとすれば簡単にできるようなものではないのである。
本書では、このことに留意して、発達心理学の洞察を応用しながら、個人の認知構造の変容を促進することが、具体的にどのように個人と組織の思考と行動に影響をあたえ得るのかということに関して詳細に論述されている(尚、本書では、Harvard Graduate School of Educationでロバート・キーガンと共同研究をした発達心理学者のスザンヌ・クック・グロイター(Susanne Cook-Greuter)が全面的に協力をしている)。また、本書では、読者が日々の実務の中で自己の内省力を鍛錬していくための基本的な技法がいくつか紹介されている。
ただし、注意点としては、著者の文章が非常に発散型のものであるために、読者の方々は、しばしば、著者が真に云わんとすることが把握できず、混乱させられることがあると言うことが挙げられるだろう(実際、本書を研究会の課題図書としてとりあげたときには、多数の参加者から、著者が最も主張したいことが理解できず、苛々させられたという感想をいただいた)。そうした場合には、本書と同じように、発達心理学の知見を能力開発と組織開発に応用したWilliam B. Joiner & Stephen A. JosephsのLeadership Agility: Five Levels of Mastery for Anticipating and Initiating Change(Jossey-Bass)やJennifer Garvey BergerのChanging on the Job: Developing Leaders for a Complex World(Stanford Business Books)等を参照されるといいだろう。
また、発達心理学に関しては、本書の出版以降、Harvard Graduate School of Educationの研究者を中心にして、非常に大きな成果が生み出されつづけており、本書の内容が少々時代遅れになっているところがあることにも留意をすべきであろう。たとえば、近年の研究では、認知構造の発達が必ずしも生産性(performance)の向上をもたらすとは限らないことが指摘されたり、また、認知構造の発達を過度に高速度化するときにはその弊害が生まれることが警告されたりする等、単純に発達を奨励する発想の危険性が徐々に認識されはじめてもいる。本書の帯には高次の発達段階である「アルケミスト型リーダーをめざせ」という言葉が記されているが、読者の方々は、こうした安易な上昇主義的な文句に踊らされることのないように注意をしていただきたいと思う。
発達心理学者のジョン・ピアジェ(Jean Piaget)は、人間の認知構造を発達させることを、実務能力を向上させるための効率的な方法とみなして、それを人工的に推進しようとする態度を“American Problem”と呼んで警鐘を鳴らしたが、人間の内的な成長・発達とは、間違っても、業務活動を効果的に遂行するための「方法」として安易に位置づけられるようなものではないのである。発達理論を企業における人材開発は組織開発に適用するときには、こうした倫理的な観点が必要になるが、このあたりの課題に関しては、欧米においても、まだまだ対話は進展していないというのが実情である。
いずれにしても、今後、日本においても、本書をはじめとして、発達理論を応用した文献が紹介されていくことになるだろうが、読者の方々には、是非 健全な批判精神をもってそれらを読んでいただければと思う。
 
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