<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 第5回国際音楽祭NIPPON マスタークラス @ TOPPAN HALL | main | 「現代音楽」と職人文化 >>
発達がもたらしてくれるもの……(事例)

Harvard Graduate School of Educationの教育学者・発達心理学者のZak Steinが、学校制度の現在と将来に関して非常に内容豊かなインタビューをしている。

 

http://www.zakstein.org/the-future-of-education-a-fast-moving-podcast/

 

後慣習的段階の思考・発想というものがどのようなものであるのかということについて具体的に示すために、これは非常にいい事例である。
論者の思考を少し整理すると、「教育」というものはいかなるものであるべきなのかという本質的な問いを常に発しながら、同時に、それが、それぞれの時代の社会や産業の構造の中で本質と乖離したものに歪められていることにたいする痛烈な問題意識を抱き、同時代に胎動している変化の可能性と危険性を見据えようとしている。
時代をこえた普遍的なところに意識を向けながら、目の前にある現実を相対化して――また、それが現在進行形で変化の只中にあることを認識して――その構造を批判的に検討するのである。
今日の典型的な慣習的段階である合理性段階の論者であれば、「教育制度をどのように変革すれば、個人や社会の競争力を高めることができるか、そして、それにより、激化する国際競争の中で勝利を収めることができるか」というような物語の枠組を出ることはないだろう。
また、そうした論者の場合には、たとえ「変化」や「変革」という言葉を用いながらも、結局、あくまでの自己の時代を規定する価値観や世界観に呪縛されながら、将来を想定することになるので、Steinが示すように、「人間とは賃金を稼ぐことを義務づけられた存在である」という現代の前提条件そのものが崩れ得ることを踏まえて、将来を構想することはできない(“The issue here is what’s the human if the human’s not a wage laborer?”)。
くわえて、Steinは、教育というものが、社会の産業構造に従属する形態で構築されていることを明確に指摘したうえで、教育が内在させる課題や問題というものが、根本的には、そうした集合的な条件に起因していることを的確に診断する。
そして、きょういく改革というものが、そうした社会的・集合的な条件を批判的にとらえることなしには、実現しえないものであることを明らかにする。
即ち、それは、安易に「現実的」になることを拒絶して、問題の核心を見据えようとする非常に強靭な発想であるともいえるだろう。

 

Trackback URL
http://norio001.integraljapan.net/trackback/259
TRACKBACK