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目も眩むような清澄な音響:東京藝大シンフォニー・オーケストラ定期演奏会

昨日、東京藝術大学の奏楽堂で開催された東京藝大シンフォニー・オーケストラの演奏会を聴いてきた。

 

https://www.geidai.ac.jp/container/sogakudo/67940.html


在学生により編成される団体だが、その技術の高さは驚異的で、また、この時期にしか生み出すことのできない清澄な音響が、プロの演奏では気づけなかつた作品の魅力を示してくれる。
数年前に、このオーケストラでショスタコーヴィッチの交響曲第8番を聴いたときには、その途轍もない凄演に度肝を抜かれた。
それは、その数週間前にロンドンで聴いたサイモン・ラトルの指揮するロンドン交響楽団の演奏の感動を大きく凌駕するほどものだった。
それ以来、この定期演奏会は非常にたのしみにしている。
昨日は、梅田 俊明の指揮により、ベートーヴェンの交響曲第4番とバルトークの『管弦楽のための協奏曲』が演奏されたが、どちらも実に優れた演奏だった。
もう少し音量が欲しいと感じるところはあるのだが、作品に内在する魅力を「素のまま」に伝えてくれる演奏に感動した。
とりわけ、ベートーヴェンのような古典を演奏すると、演奏者の「素性」が問われることになるが、そうした意味では、演奏者の品格の高さに目の眩むような思いをした。
この作品は、後半の第3楽章と第4楽章が内容的に下ちるので、その弱点が補われずにありのままに表現されてしまう嫌いはあるが、いっぽう、第1楽章と第2楽章では、作曲家の逡巡と苦悩と飛躍が現在進行形のリアリティを伴って非常に生き生きと表現される。
これには心を深く揺り動かされた。
後半のバルトークは、奇しくも、しばらくまえにロンドンのRoyal College of Musicの在学生の演奏を聴いているが、比較すると、音量では劣るものの、その輝かしい金管群を中心として、技量的にはひとつ上をいっている。
鮮明で迫力がありながら、同時に、音と音が潰し合わず壮麗に交響をしている。
また、作品の把握の的確さでも、梅田氏の指導もあるのだろうが、作品の意味がグイグイと伝わってくる見事なものだった。
聖なるもの卑なるものが隣り合わせに織り合いながら展開していくこの作品に耳を傾けていると、自己の内に沸きあがる心の動きを過度に対象化できてしまうがゆえに、それに純朴に浸りきることができないという現代人が抱える難しさを思い知らされる。
圧倒的な暴力を前にして、美を奏でることに果たして何の意味があるのか……? とはよく言われることだが、その意味では、20世紀の二回の大戦における大量虐殺というのは、人類の精神を破壊するうえで、正に途轍もない魔術的な遺産を残したのだな……と思う。

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