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稀有の『復活』


#602 ジェイド<サントリーホール・シリーズ>
https://www.njp.or.jp/concerts/4064

 

 

上岡 敏之 & NJPによるマーラーの『復活』を先ほどサントリー・ホールで聴いてきたが、驚異の銘演だった。もう第1楽章から驚きと感動の連続で、音楽を聴ききながらこれほどワクワクさせられることはあまりない。全ての音符が指揮者の目で再検証されて音化されるので、髄所でハッとさせられるのだが、それが新奇さを追い求めるものではなく、作曲者の心に近づくためのものとして届けられてくる。上岡 敏之という芸術家の驚くべき洞察の結晶が続々と美音として聴衆に届けられてくる。こういう体験はそうそうあるものではない。
また、上岡氏の音楽には、知的な愉しみだけでなく、深い感動がある。たとえどれほどの轟音が鳴り響いていても、そこには常にマーラーの繊細な心に寄り添う眼差しがあるので、作曲者の内面に息づく感情に触れることができているという実感が維持される。
そして、また、上岡氏の指揮が素晴らしい。動作そのものが芸術的なもので、そのひとつひとつのジェスチャーに深い意味が感じとれるし、また、それが聴衆の曲にたいする理解を深めてくれる。各奏者にたいする指示は明確だが、同時に、それぞれの指示がその奏者にたいするものに終わらず、それを見ることで、その他の奏者もその奏者を活かすためにどのように音楽を奏でればいいのかが瞬時に理解できるようになっている。あれほどに自由自在な指揮振りの中に常に全体性にたいする感覚が息づいているというのは驚異的である。
今日は、80分にわたる演奏中、もう冒頭から圧倒されて、自然と涙が流れてきて止まらなかった。
それにしても、今日、何よりも驚かされたのは、弱音である。それが絶品で、耳を澄ますと、それが単に弱いだけでなく、意味が詰まっていることが判るのだ。
特にコントラバスは、普通であればある程度の音量を確保して、それのものとして自己主張するものだが、上岡氏の『復活』においては、全体の中に溶けてしまい、演奏に繊細なコクをもたらす隠し味と化してしまう。こういうのは、初めて聴くので、はじめは少し戸惑いを覚えたが、耳が慣れてくると、その意味が感得されてくる。これは録音では到底とらえきれないだろう。
弱音にたいするこだわりは、随所に活きていて、とりわけ印象的だったのは、第5楽章の合唱の扱いで、これほどまでに絶叫せずに、ひたすらに深く静かに荘厳に歌う『復活』の合唱を聴くのは生まれてはじめてのことだ。もう聴いていて、胸が一杯になってしまい、体が爆発するかと思った……。
もうひとつ斬新だったのは、ブルックナーの交響曲を想起させるような全休止が随所で挿入されていたことで、これが見事に決まっていた。こんな解釈は聴いたことがないが、上岡氏のそれは、曲の本質を明らかにするための強力な武器になっている。
たとえば、第5楽章の最後の圧倒的な轟音が鳴る前の瞬間、ほんの一瞬のあいだ管弦楽の間隙の中にオルガンの法悦とした音だけが鳴り響いたが、そこに楽園が現出したような錯覚に襲われた。
ただ、これだけテンポが自在に伸縮し、また、これだけ弱音に重要な役割があたえられると、演奏者も互いに呼吸を合わせるために細心の注意を払う必要があるので、たいへんなのではないだろうか……。そこで求められるのは、単に互いの音を聴き合うだけでなく、互いの存在そのものを聴き合うということなのではないかと思う。
もしかしたら、NJPが上岡氏の指揮で『復活』を演奏するのは初めてのことかもしれないが、これから回数を重ねていくと、今日の演奏をさらに凌駕する円熟した演奏に昇華されていくことになるだろうが、それが達成された暁には、世界的にも類例のない唯一無二のマーラーが実現されることになるのではないかと思う。今日の段階では、上岡氏の要求にNJP側がいまひとつ追いつけていない感覚を覚えたので(また、重要な聴かせどころで小さな事故が起きていた)、このあたりのギャップが埋まってくると、凄い芸術表現が実現されることになるだろう。期待に胸が弾む。

ただひとつ願うのは、NJPの演奏会を支える聴衆の質がもう少し上がることだ。今日は、これだけ弱音を重視する演奏を目の前にしているにもかかわらず、観客席の雑音が頻出していたし、また、最終楽章が終結した途端、まだ余韻が濃厚に漂っているにもかかわらず、1階席の中央あたりから傍若無人な拍手が起こってしまった。演奏会に来る資格の無い客としか言いようがないが、こういう類いの人間が混じっていることは残念である。

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