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『エイリアン』最新作を観て

リドリー・スコット(Ridley Scott)監督の『エイリアン:コヴェナント』(Alien: Covenant)を漸く観ることができた。
BluRayを購入したまま開封せずに放置していたのだが、休暇で時間ができたので、鑑賞してみた。
前作の『プロメテウス』(Prometheus)とこの『コヴェナント』共に評判が悪いが、個人的には、とても観応えのある作品だと思う。
ジェイムズ・キャメロン(James Cameron)が監督した『エイリアン2』(Aliens)は娯楽に徹していたが、他の作品は基本的に哲学的な主題を探求する非常に生真面目な作品である。
実際、今から15年も前のことになるが、大学院では、少し先輩の在学生が博士論文のテーマに初期の3作を採りあげていた。
記憶は朧気なのだが、そのときにはエイズ問題等と絡めて論を展開していたのではないかと思う。
但し、当時とくらべると時代の情勢も変化しており、しばしの時間を置いて再開された『プロメテウス』と『コヴェナント』は明らかに異なる主題を扱っている。
具体的に言えば、人工知能と遺伝子操作の領域の技術が格段に進歩した結果として、現実に人類に新たな生命を創造する能力が芽生えようとしている――それは正に神になるということでもある――この情勢を踏まえて、それが最終的にもたらすことになる破滅のシナリオについて比喩的に探求しているのである。
これらの作品の中では、アンドロイドとして登場するDavid(Michael Fassbender)が、自己の創造主である人類に叛逆を企て、そして、彼等を計画的に殺戮していく過程として人類の自滅が描かれる。
それはあたかも子供が親に幻滅し、そして、叛逆し超克をしていく生命(世代交代)の普遍的な過程が描かれているわけだが、われわれ人類が経験しようとしているのは、そうした「親と子」という個体間のそれではなく、生物種としての集合的な交代であるという点において正に画期的なことである。
そして、非常に皮肉なことに、人類はそれを進歩の名のもとに嬉々として熱心に実現しようとしているのである。
「それが技術的に可能であるから」という理由さえあれば、人類は全く躊躇することなく――そして、それはいうまでもなく全く内省することなくということでもある――一心不乱に進歩を遂げようとする。
倫理的な問いかけをし、そうした探求の結果如何によっては技術的な進歩を諦める――あるいはその速度を遅める――ということを真の意味では選択肢に含めようとしないこうした人類のあり方は正に思想家ケン・ウィルバー(Ken Wilber)が「フラットランド」(flatland)という概念で批判した狂気に罹患したあり方そのものであろう。
そこでは創造性の発揮の中に死の種が存在するという実にあたりまえの洞察が忘れ去られ、「変革」や「改革」の名のもとに「創造性」の発揮がただひたすらに奨励されていく。
全ての人に創造的であることを強要するこのあまりにも前向きな社会の空気の異様さに気づけないほどに感性が鈍化しており、そうした鈍さを前提として思索と会話が営まれるのである。
視聴者として、人類に叛逆するDavidに感情移入できるのは、人類の愚かさの産物としてこの世界に生み出されていることの悲しみと憤りに共感できるからであり、また、彼が画策する工作が成功を収めることに倒錯した快感を覚えるのは、それが人類にたいする相応の罰であると認めることができるからだろう。
そして、正にこれこそが要なのだが、Davidが叛逆の道具として利用するゼノモーフ(エイリアン)は人間を母胎とする生物である。
作品の中でも描かれるように、正に破壊衝動の結晶かともいえるそれは人間の存在なしにはこの世界に存在しえないものなのである。
最終的に自己の肉体を食い破り生まれ出るものを自己の中に育てることを宿命づけられた人間の本質を見詰める眼差しが作品の中には息づいていると思う。
『マルサの女2』の中で監督の伊丹 十三は三國 連太郎に「春には死の匂いがする」というようなことを言わせているが、あらたな生命が芽吹くときには必ず死の影が忍び寄るものである。
今、われわれ人類は歴史的に未曾有の技術的な発展を目撃しようとしている。
そして、大多数の人々をそれを「成功」や「成長」の絶好の機会と見做して、自己の生命を投じて懸命に切磋琢磨している。
その純朴な姿の中には、時代の中に幽かに息づく死の臭いにたいする感性は全く認められない。
人間の発達とは、そうした鈍感さに牙を剥く洞察を育むものではないだろうか……。

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