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思想家ケン・ウィルバーの素晴らしい言葉

思想家ケン・ウィルバーの素晴らしい言葉を見つけたので、翻訳して御紹介したいと思う。
著書『ワン・テイスト』(One Taste)の中の一説である。
尚、原文を少し意訳しているので、御了承いただきたい。

 

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したがって、真の変容を通して深く魂を揺さぶられた者は全て深淵な倫理的義務と格闘しなければならなくなるーー即ち、心から叫ぶという義務である。それは静かに優しくかもしれない、熾烈な炎と憤怒の怒りと共にかもしれない、ゆるやかで注意深い分析と共にかもしれない、揺るぎない率先垂範を通してなのかもしれない。しかし、そこには真に常に絶対に要求と義務が伴われるのである。あなたは、自らに可能な最大限の能力を発揮して声を発し、霊の木を揺さぶらなければならない。現状に安住している者達の目を光で照らし出さなければならない。
もしあなたがそれを怠るとすれば、あなたは自らの真実を裏切ることになる。あなたは自らの真の財産を隠していることになるのである。あなたは自分自身を脅かしたくないから、他者を脅かすのを避けているのである。あなたは不信にもとづいて行動しているのである。悪い永遠の感覚である。
というのも、警戒すべき事実とは、深層性に関するあらゆる洞察は恐るべき重責を伴うということである。「見る」ことを許された者は、それと同時にそこで見たことを些かも誤魔化すことなく伝える義務を担わされるのである。それが条件なのである。あなたは、他者にそれを伝えることに合意するという条件の下で真実を見ることを許されたのである(それこそが菩薩戒の究極的な意味である)。したがって、もしあなたが見たのであれば、あなたはそれを語らなければならない。慈悲と共に語るのだ。あるいは、憤怒の叡智と共に語るのだ。あるいは、方便と共に語るのだ。しかし、あなたは語らなければならない。
そして、これは真に過酷な重荷である。恐るべき重荷である。というのも、そこには臆病であることの余地は全く残されていないからだ。あなたが間違っているかもしれないということは言い訳にはならない。正しいかもしれないし、誤っているかもしれない。しかし、それは問題にはならない。問題になるのは、キルケゴールがわれわれにひどく不躾に指摘するように、情熱を傾けて自己のヴィジョンを語ることを通してのみ、それは何等かのかたちで世界の抵抗を突破することができるということだ。あなたが正しいのか誤っているのかは、ただ情熱だけが明らかにしてくれるのである。あなたにはそれを明らかにする義務が課されている。したがい、あなたにはあなたの真実を心の中に見出せる情熱と勇気と共に語る義務があるのである。それがいかなる方法であれ、あなたは叫ばなければならないのである。
― ケン・ウィルバー 『ワン・テイスト』